トンデモな医療界

日本の医療の世界は、世間から見たらトンデモなことが 色々とまかり通っています

「老化は病ではなく、人は必ず死ぬ」という最も基本的な事実が置き去りにされつつあるのではないか

カテーテル大動脈弁留置術 TAVI
全く知らなかったのだが、TAVI人工弁が400万円もするらしい。その他に手技料などが必要なので計5-600万円かかる。この治療の合併症房室ブロックになると、ペースメーカー手術が必要になり、さらに6-700万円が必要。

外科側から言えば、安定した成績のある開心術の大動脈弁置換術AVR(費用4-500万円、ただし身体障害者資格者となり支払いはほとんど要らない場合が多い)があるので、新しい低侵襲なTAVIは、AVRが危険な人ほど適していると考えていたが、内科側の意見は全く違ってる。AVRが危険な人は、長生きできる可能性が少ない。この先、数年しかない人のために高額な治療法を行うのは、医療費の無駄である。むしろ若くて元気な人ほどTAVIを受けるべきだと。

てっきり内科側は症例増加を目的として適応拡大を狙っているものと思い込んでいたが、この理由にはある程度納得せざるを得ない。

日本の将来の人口統計では、しだいに人口が減って2060年には9000万人を割り込み、65歳以上の人口割合が約40%に上昇すると推定されている。現在では75歳以上の医療費が医療費全体の30%を占めており、さらに増加する見込みである。保険制度の大前提「医療費が保険料を超えないこと、国民が保険料を支払うこと」が揺らぎつつあり、裾野の広いピラミッド型人口構造に合わせて作られた社会システムは耐え切れなくなってきている。費用対効果を考えなければならない時代に入り、生命至上主義、延命至上主義を再考せねばならないことは疑いない。

高度先端医療の発展により、「超高齢者の手術成績は若年者と同様であった」「年齢のみで判断してはならない」という多くの報告がなされるようになった。私も同様の発表を行ってきたくちではあるが。「老化は病ではなく、人は必ず死ぬ」という最も基本的な事実が置き去りにされつつあるのではないか。高齢者とは、各臓器と全体の至適平衡調和状態であり、各臓器の治療が必ずしも全身の治療に直結せず、場合によっては消極的な治療法や納得できる死を提示することも必要であろう。

しかしながら、どの症例を治療し、治療しないかという決断は、ある意味、神の領域の問題でもあり、一人の主治医に全ての責任を帰するのは、重すぎるであろう。昨今、提唱されているハート・チームがこれを担うべきではないであろうか。